芽吹きの春への準備

最終更新: 2018年10月18日



最近になって、母になるときの圧倒的な不安を

思い出して泣いた。

子を授かり、喜びの中、

親になる覚悟をもてず逃げようとする男。

それでも子供には両親がいた方がいいだろうと

最善を尽くそうとした。

修羅場のやり取りの中、

「青天の霹靂とはこのことか」と思わずつぶやいた時、

「それどういう意味?」と言った間抜けな返事とともに

迷いはなくなった。

以来、母親として集中すれば

子はいつもともにあり、

喜びが勝って幸せだった。

それでも金曜日の夜に始まった陣痛は

火曜日に破水し安産に至るまで

ただ私の不足と不安を責め続けた。

一つの命が人として生まれてくれた時の興奮と安堵。

後にも先にもあんなに深く眠ったことはない。 おかげさまで周りの人たちに支えられながら お預かりした命にできるだけ迷惑をかけないように それなりに社会性や人並みを基準にしながら暮らしてきた。 それでも父親はいないし、 経済的ゆとりはなく、 比べればいくらでも不足ばかりがある。 だからこそ、幸せでいようと願った。 共に生きることを選び、子として生まれてくれた命への 敬意と感謝をこめて...。

そこそこの不安とともに、子どもと暮らし、育てられた13年。

たくさん悔し涙も流したけれども 自分のために十分に悲しむゆとりはなかった。 いつもぎりぎりのところで踏ん張っていたのかもしれない。 そのうちに思春期と更年期が同時発生の兆しに 不安が募ってきていた。 テレビ番組でティクナットハン禅師やリトリートを知り、 いい感じ!という母子そろっての予感で マインドフルネスに出会い、 私と娘のベースになっている。 思春期女子の暮らしには、

”意味不明のいら立ち”が加味されてきた。

本来ありがたいことだ。

未来への夢が広がる思春期の横で、 更年期という”老い”を身近に感じる機会は増え、 私の不安は増大。 ただ疲れて何もできない時間が続けば、 収入は減り、老いはさらに恐ろしく、感情が乱れる。 母は、自分をただ責め、疲れを増し、 子に迷惑をかけてしまう...という悪循環。

己のいら立ちさえ手に余るであろう娘は、 そんな母に手を焼きながらも、人間的にずっと大きくなった。 もめながら、仲直りしながら、 少しずつ親子での生き方が上手くなって 関係の中に深まるものを感じているのは親の欲目だろうか? その安心感の中で、奥深くしまい込まれた悲しみや苦しさが

やっと溶けて出してきている。

わさわさと揺さぶられながらも

安定感も増してきた。

マインドフルネスとの出会いから、

日々”大丈夫”を養生してきた。

アタリマエを吟味しながら、

矛盾や滞りを手放しながら、

自分らしく、心が求めるように生きていきたい。


私に育った”大丈夫”を広げて みんなが大丈夫な世界にしたい。

芽吹きの春を楽しもう。


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