独座観念



ファシリテータとして、マインドフルネスの集まりの後、

ふと落ち着いた時に「独座観念」という言葉を思いだしました。

「独座観念」

江戸時代末期の大老であり、茶人であった井伊直弼の言葉だそうです。

著書『茶湯一会集』のなかに、茶道の重要な精神として、

一期一会、余情残心とともに記されています。

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客が露地を出る時、亭主はその姿の見えなくなるまで見送る。 障子等早々としめることはよくない。姿が見えなくなって、心静かに茶席に戻り、 炉座に独座し、今頃は何方まで参られたであろうかと思い、 今日の一期一会が再び帰らぬことを観念して静かに独服する。 この時周囲は寂寞として打ち語らうものはただ釜一口のみ

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「一期」はもともと仏教の言葉で、人が生まれてから死ぬまでの一生のことです。

一期一会は、集う場を一生に一度の機会として心を尽くす心構えですが、

独座観念とは、会が開いた後、お仕舞まで余韻をも大事に味わい(余情残心)、

一期一会であることを観念しひとり味わう境地です。

ばたばたと片付け、余情残心とはいかない場合が多いのですが、

一人になると、自然とその場を共有して下さったお一人お一人のことを思います。

その時の記憶を思い出すというよりも、

強いつながりに牽かれるようにその方へ思いを馳せるというのでしょうか?

マインドフルネスの場のエネルギーが高い濃密なつながりが

そうさせてくれるように感じます。

エネルギーは空気のように目には見えないけれど、

あとからじわじわ感じるのにはこういう理由もあるのかもしれませんね。

#Mindfulness

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